
企業の進化に変化をもたらす「融ける“デザインのチカラ”」
“Design is too important to be left to designers.” —— デザインはデザイナーだけに任せるには重要すぎる 「口紅から機関車まで」さまざまなデザインを手がけたレイモンド・ […]
多摩美術大学が主催するビジネスパーソン向け講座、多摩美術大学クリエイティブリーダーシッププログラム(TCL)にCDO(Chief Design Officer)田中が講師として登壇しました。
今回は特別に許可をいただき、「デザインとビジネスの関係性」のテーマで行った講義、1時間にわたった質疑応答の模様を前後編に分けてレポートします。
後編の質疑応答編では、「デザイナーとビジネスサイドが相互理解のために必要なこと」「デザイナーが経営に貢献するためにできること」のトピックに絞り、質疑応答の一部をお伝えします。
デザイナーの立場から事業や経営にコミットしたいと考えるみなさま、デザインのチカラを事業や経営に活用したいと考えているビジネスパーソンのみなさまの参考になれば幸いです。
前編の「デザインとビジネスの関係性」のテーマで行った講義レポートはこちらです。
田中 裕一 / YUICHI TANAKA(ビジョナル株式会社 執行役員 CDO)
通信販売会社でのEコマース事業立ち上げ、インターリンク株式会社での複数企業のプロジェクト推進を経て、2012年、株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)に入社。Eコマース事業のデザイン統括、新規事業のプロダクトマネジメント、デザイン人事に従事。2017年、株式会社ビズリーチに入社。2018年、デザイン本部を組成し、デザイン本部長兼CDOに就任。2020年2月、現職に就任。
Q:
課長や部長のようなミドルマネジメント層にどうやってデザインの重要性を理解してもらうかに悩んでいます。Visionalでも、全社員がデザインに精通されているわけではないと思うので、どのようにデザインの理解を進めているかを伺いたいです。
田中:
役職ごとの専門性をお互いが尊重し合うことから始めています。
Visionalでもビジネスサイドのマネージャー全員がデザインを完全に理解しているわけではありません。しかし、同様にデザインのマネージャーもセールスやマーケティングを完全に理解しているわけでもありません。
重要なのは、互いの持ち場を決めすぎてセクショナリズムみたいなものに陥らないよう、お互いの専門性を尊敬し合って、頼り合える関係をつくることですね。それができると、ビジネスサイドとデザイナーで協力が必要になったときに、互いの理解が進み、距離や関係性が縮まっていきます。
Q:
つくることをメインにしてきたデザイナーに、ビジネス理解の重要性を気づいてもらうには何ができるでしょうか。
今の会社はもともとデザインに強みがあり、後からジョインしたビジネス領域に強いメンバーから、デザインに経済合理性が求められ始めています。デザイナーだった田中さんがビジネス理解の大切さに気づいたきっかけも教えていただきたいです。
田中:
デザイナーとビジネスサイドの方でバディやチームを組ませたり、可能であればデザイナーの上司にビジネスサイドの方をアサインしたりする方法があると思います。
デザイナーからすると、ビジネスの人が上司だと「デザイナーのことを理解してくれない、評価してくれない」ということも起きますが、そのような環境を1回作ったほうがいいかなと思いますね。あくまでわたしの仮説ですけど、本当に事業で活躍したいデザイナーであれば、その方が将来的に活躍できる可能性が広がるのかなと。
わたしのこれまでの上司は、幸運にも全員ビジネスサイドの人間でした。特に前職の上司は外資のコンサル出身で、その方と一緒になってビジネスの考え方が強くインストールされました。指標やKPIを考えるなかで、ビジネス感覚が芽生えてきて、事業作りの感覚やマーケット感覚がどんどん膨らんでいった感じです。
Q:
CDOとして社内の美意識を上げるために、どんな取り組みをされているでしょうか。
経済合理性に基づいた提案は承認されやすいのですが、ロジカル思考だけでは決められない意思決定の質を上げたいと考えています。全社レベルで美意識を上げるために、実践されていることがあれば教えていただきたいです。
田中:
Visionalでは、3つ実践していることがあります。
1つ目はデザインチームが、言語化できないものも頑張って言語化するようにしていること。2つ目はガイドラインの品質をあげること。そして、3つ目は元も子もない話ですが、クリエイティブディレクターを入れることです。
1つ目の言語化について。言語化を頑張るというのは「なぜ美しいものは美しいのか」を自問自答して、それをビジネスサイドの人にもわかるように言語化していくことです。例えば、ジャンプ率は何%、カラーのコントラストが何対何というように、デザイナーが美しいとするものを可能な範囲で言語化して、定義するようにしています。
2つ目はガイドラインの品質を上げること。ブランドガイドラインや、デザインシステムなど、デザインの基準となるものの質をとにかく磨き込みます。会社やサービスのデザイン基準を作ると、比較対象ができて、ビジネスサイドの人でも「この位のクオリティが欲しい」と言えるようになるので、とにかく基準の質を上げることですね。
最後がクリエイティブディレクターを入れる。Visionalも非常にロジカルな会社ですが、論理的にどれだけ議論しても、決められないことはあります。そうしたときに、クリエイティブディレクターを立てて、この人がOKと言えば、決められる状態にします。経営の意思決定においても、その人がいることで論理と感性のバランスを担保していますね。
Q:
現在、デザイン本部の本部長とCDO、2つの役割を兼任されていますが、どんな役割の差があると感じられていますでしょうか。また今の立場だから、できたことはありますでしょうか。
田中:
2つの役割の目線によって、差があると感じています。
デザイン本部の本部長は、どちらかと言えばデザイナー側の目線です。現場のデザイナーと同じ目線に立って、デザインを事業や経営にこう活用しましょうと提案する役割になります。逆にCDOは、経営側の目線からデザインをどう経営に活用すべきかを決めていく役割です。
兼任できて良かったなと思うのは、会社としてインパクトのある意思決定と、現場のディレクションを一気通貫でできることです。
経営に関わるCDOとして会社の経営状況や事業指標からデザインに関わる意思決定を行い、デザイン本部長として現場はこうやって動きましょうとディレクションできるのは、今のポジションだからこそできることだと感じています。
Q:
デザインへの投資について、詳しくお伺いしたいです。デザインの投資効果をどう指標化されているのでしょうか。指標化がうまくいった事例、失敗した事例があれば、お聞きしたいです。
田中:
デザインの経済合理性をどう測るかは、本当に難しいテーマだなと思います。うまくいった事例ですと、マーケティングの効果測定がそうですね。
マーケティングチームの指標は、CPAやCVRが定量で設定されていることがほとんどです。指標にはユーザーの行動が紐づいているので、「デザイナーはCTRとCVRに責任を持つので、マーケティングはCPAまでを追ってください」と役割分担をします。
例えば、そこからデザイナーがABテストを繰り返して、CVRが0.5%から1%に上がれば、その分はデザイナーが貢献したと言えるので、デザインの価値や経済合理性を示せたことになります。
この図のLv.1のところは、比較的簡単にできるものもありますが、Lv.2になると非常に難しいです。正直なところ、わたしたちも失敗して、また挑戦している部分ですね。
今取り組んでいるのは、デザインの品質基準の定義です。Visionalにはたくさんの事業がありますが、この基準以下だと、会社に損失が出るので修正しましょうという、グループ全体で統一のデザイン品質基準を定めようとしています。
テクノロジーの分野は歴史が長く、品質を点数化できるフレームワークがあります。最初はデザインでそれをやろうとして、フレームワークを作ることがユーザーや事業にどれだけインパクトがあるか、その経済合理性をうまく出せずに失敗してしまいました。今はこの品質基準、フレームワークを作り直しているところです。
Q:
デザイナーが経営にコミットしていくときや、経営者が経営層にデザイナーを迎え入れるときは、どんなデザイナーがいいのか、田中さんの個人的な見解でもいいので教えていただけますでしょうか。
田中:
2〜3年先を見据えたうえで、そのときの事業フェーズに合ったデザインリーダーがベターかなと思います。
経営に関わるデザインリーダーの役割は、CEOのパートナーとして経営とデザインの架け橋になることです。ただし、経営や事業のフェーズに応じて、求められるスキルは変わります。気を付けるべきは、どんなフェーズにも対応できる万能なデザイナーはまずいないことです。
例えば、0→1のフェーズであれば、プロダクトやサービス、ものづくりに特化できる人が重要ですし、事業が大きくなれば、仕組み化力やビジネス感度が必要になってきます。ですので、ちょっと先を見据えて必要なデザイナーを登用するのが望ましいと思います。
弊社も創業時にジョインした、社員番号1桁のデザイナーが今も活躍していますが、フェーズの変わり目で、それまでのやり方が通じず苦労していました。Visionalには、周りの変化に合わせて「変わり続けるために、学び続ける」という価値観があり、その人も現在はまったく違うフィールドで素晴らしい活躍を見せています。
Q:
毎回講義の最後に、「創造性」とは、「美意識」とは、「デザイン」とは、という3つの質問にお答えしてもらっています。田中さんにとっての「創造性」「美意識」「デザイン」をお話しいただけますでしょうか。
田中:
1つ目の創造性ですね。わたしは妄想力と読み換えるのですが、妄想力が創造性につながると考えています。
もやもやと考え続けて、思考をめぐらせる時間が、すごく重要だと思っています。経営者の意思決定が早いのは、常に自分たちの会社やビジネスのことを考えているから、問いを出したときにすぐに決定できると思うんですね。
デザイナーもそうで、ユーザーやプロダクト、事業について、常にこうなったらいいねと妄想し続けているからこそ、創造力が必要になったときに力を発揮できる。夢想家になれというわけではないですが、妄想力を鍛え続ける、考え続けることが重要かなと思います。
田中:
2つ目の美意識に関して言うと、インプットだと思います。とにかく美しいものをインプットして、なぜそれが美しいかを言語化し続けることがとても重要ですね。
美しい、素晴らしいという気持ちは、受け手がいるから起こる感情です。ビジネスでは、ユーザーとなるお客様が受け手になります。受け手となるお客様が何を美しいと思うかをインプットし続けて、それを再現するために、その理由を言語化し続ける。その積み重ねが美意識となり、美しいものを生み出すことにつながると思います。
田中:
最後にデザインとは。少し言い方を選ばずに言うと、目的達成のためのツールというふうに考えています。
デザイナーは全能ではありませんし、デザインだけですべてのビジネス課題を解決できるわけではありません。しかし、デザインをツールとして適切に活用してあげれば、ビジネスやサービスのパフォーマンスを上げ続けるポテンシャルを秘めています。
テクノロジーが進化し続けることで、非連続なイノベーションが生まれ続けているように、デザインも進化することで、そういったイノベーションを生むポテンシャルはあると思います。まだまだ未開拓な分野ですので、わたしもデザインというツールのパフォーマンスを上げて、ビジネスとして世の中に価値あることをやっていきたいと思っているところです。
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質疑応答前に行われた講義「デザインとビジネスの関係性」のレポートはこちらです。
ビジネスパーソンがデザインをビジネスに活用する、ということ —— 多摩美術大学クリエイティブリーダーシッププログラム登壇レポート【講義編】