
企業の進化に変化をもたらす「融ける“デザインのチカラ”」
“Design is too important to be left to designers.” —— デザインはデザイナーだけに任せるには重要すぎる 「口紅から機関車まで」さまざまなデザインを手がけたレイモンド・ […]
特許庁主催のイベントにCDO 田中がお招きいただき、トヨタ、ソニーのデザイン責任者のみなさまと登壇しました。企業経営におけるデザインの重要性の解説に留まらず、デザインの重要性をいかに経営層に理解してもらうか、各社が実践する取り組みにまで話題は広がりました。
今回は特別に許可をいただき、田中の講演だけでなく、トヨタ自動車株式会社 福市氏、ソニー株式会社 長谷川氏の講演も紹介いたします。各社のデザイン責任者による講演を通じて、経営者にデザインのチカラを理解してもらうための三者三様の取り組みを知る機会となれば幸いです。
福市 得雄 氏(トヨタ自動車株式会社/エグゼクティブアドバイザー)
1974年入社。以来国内外のデザイン開発拠点に出向き従事。2011年デザイン本部長となりトヨタ、レクサスのデザイン監修。2014年からはレクサスインターナショナルプレジデントとしてブランディングと経営を担う。現在はデザインと経営を繋ぐエグゼクティブアドバイザー。
福市:2011年にデザイン本部長に就任してから、経営陣にデザインを経営資源と捉えてもらうことを目指してきました。今日は、デザインの価値を実感してもらい、信頼を築くために実践してきたことをお話しします。
福市:1つは美形よりも個性あるデザインが売上につながることの証明です。
私がデザイン本部長に就任する前のトヨタ車は「美形のデザイン」で、良い意味でも悪い意味でも、市場の話題に上がりませんでした。ファッションショーを想像してみてください。ショーに美男美女のモデルが100人出てきても、終わってみると誰が誰だったか1人も覚えていないものです。ブランド価値を高めるには、強い個性のデザインが必要なのです。
そこで、2011年にレクサスのフロント網部分のデザインをスピンドルグリル(注:糸を巻き取る紡錘をモチーフにし、2つの台形を組み合わせ、中央にくびれのあるデザイン)に変更しました。株主の反対意見はあるが、脳裏に残るデザインでないとレクサスのブランドは育たないから、レクサスはこのデザインで統一したいと、経営陣に伝えました。
その後、スピンドルグリルに変更したレクサスが販売された結果、レクサスの認知が増え始め、売り上げが倍になりました。こうして、デザインで売り上げが変わることを証明したのです。
福市:もう1つ例を紹介します。デザインの劣化とお客様が抱く期待値の関係についてです。
経営層にお客様が期待するデザインではなく、意外性のあるデザインを目指しましょうと伝えました。デザインが完成してから、お客様にその車が届くまで約2年かかり、この期間でお客様のデザインの受け取り方は変化していくからです。
今のお客様の期待に応えるようなデザインを作っても、それが車となってお客様の元に届く2年後には、コンサバティブなデザインになってしまいます。なので、今のお客様にとって期待通りのデザインで作ることは、経営的なリスクにつながるのです。
意外性のあるデザインなら、2年後にはお客様に受け入れられるのではないかと説明しました。承認を得て、アグレッシブで意外性のあるデザインの製品を開発し、2年後にお客様には期待以上のものとして受け入れられました。
福市:こういった売り上げへの貢献の他にも、錯視で対象の大きさや長さ、太さなど見え方が変わること。同じイメージや言葉でも、その人の年齢や性別、国籍で捉え方が変わることなどを申し上げ、あらゆる角度からデザインのチカラ、デザインの重要性についてプレゼンテーションし続けました。
デザインやスタイルには必ず意味がある。だからデザイン部門を信じてほしいし、トップに信頼されてこそ価値を発揮できる取り組みであると言い続け、実際にデザインのチカラで実績をもたらしてきました。結果、経営陣から経営におけるデザインの重要性が理解され、信頼されるようになったのです。
長谷川 豊 氏(ソニー株式会社/VP・クリエイティブセンター センター長)
1990年ソニー株式会社⼊社。幅広い商品カテゴリーやデザイン領域、海外デザインセンターの⽴ち上げ等を経て、2014年よりセンター⻑を務める。質の⾼いデザインを⽣み出し進化し続けるSony Designを牽引することに加え、経済産業省特許庁が2017年度に⽴ち上げた「産業 競争⼒とデザインを考える研究会」の研究員を務め、⽇本におけるデザイン経営の実践・推進活動を担っている。
⻑⾕川:我々の会社では、新たな領域を加えつつ、事業ポートフォリオが多様化し、拡張しています。プロダクトのみならず、エンターテイメント、教育、介護、 様々な領域に対して新しい価値を⽣み出し続ければなりません。このような変化に、クリエイティブセンターとして、どのようにアプローチするかを常に意識しております。今回は、デザインが経営において果たすべきと考える役割を、3つお話しします。
⻑⾕川:1つ⽬はプロダクト領域など、既存の事業領域での貢献です。
ブラビアのA1シリーズを例に説明します。このシリーズでは、⾳を画⾯から出す技術を採⽤することで、従来のスピーカーを排除し、シンプルな佇まいのデザインにしました。技術的な進化とそれを内包するデザインによって、お客様に新しい価値を提供し、売上につなげています。
新技術により、プロダクトのデザインがリニューアルすることもございますが、カメラなど、プロダクトによっては、これまでの使い勝⼿から⼤きく変わらないことが⼤事なものもあります。それぞれのプロダクトに適した使い勝手や体験を組み込むことはデザインの役割です。
⻑⾕川:2つ⽬は新しい事業領域における価値創造です。
新しいテクノロジーを商品に取り⼊れる際、商品価値を仮説検証するため、提供する価値のコンセプトムービーや体験型のプロトタイプを作成します。
そうしたムービーやプロトタイプを通した体験が価値に結びつくかを検証します。社内のみならず、体験型の展⽰として外部のイベントでも発表し、みなさまにどう響くかを知ることも⼤事な検証材料です。
こうして得たフィードバックを、次の商品に実装します。エンジニアとデザイナーが⼀緒にいることで、フィードバックを受けながら、すぐに実装できるのは、社内にデザイナーがいる強みの1つといえます。
仮説とプロトタイプによる検証から得たフィードバックの社会実装を繰り返し、新しい価値創造に取り組んでいます。このような開発プロセスに、デザイナーが深く⼊り込むことが、価値創造のアプローチに対するデザインの貢献です。
長谷川:最後はソニー全社のコーポレート領域です。
ソニーを外の⽅々に伝える活動に取り組んでいます。
CESやIFAなどソニーの商品を展示するイベントなどで、ソニーが考えていることをどう伝えるかを関係者とつくりあげます。また、SSAP(Sony Startup Acceleration Program)など新しい事業を作るとき、ミッションやビジョンをどうビジュアライズするか。タッチポイントをはじめとするソニーのブランドに関係するあらゆる領域で、デザインが⼤きな役割を果たしています。
経営におけるデザイン活⽤というテーマについて私なりにまとめますと、デザインは「無形の資産」であると共に、様々なアイデアや想いをビジュアライズする役割が⾮常に⼤きいと考えています。
議論をビジュアライズすることにより、先に進めることもある意味でデザインですし、その開発プロセスをストーリーにして伝えることで、ブランド価値を⾼めることもデザインです。他にも、デザイナーが事業ビジョンをビジュアライズして、検証するなど。製品やサービスのデザインに加え、こういった一連の活動が、経営の中でデザインを活⽤することだと思っています。
田中 裕一(株式会社ビズリーチ/CDO・デザイン本部本部長)
制作会社、インターネットサービスのメガベンチャーを経て、2017年4月に株式会社ビズリーチへ参画。事業づくりを通じてデザインのチカラで世の中の課題解決と価値創造を成し遂げるため、CDOとしてデザイン戦略を計画・推進。
田中:今日はビズリーチが実践するデザイン戦略の具体的な施策について、2つお話しします。1つは「新規事業創出のためのデザイン戦略」について、もう1つはデザイン戦略を実現するための「人と組織のデザイン」についてです。
田中:我々は、まだまだ成長途中の身ですが、一般的に会社の規模が大きくなり、いくつもの事業を成長させていると、新しい事業が生まれづらくなる傾向があります。
新規事業創出の課題を挙げると、既存事業と新規事業でのデザイナーのリソース。複数事業で同じものを作ってしまう車輪の再発明。プロダクトを先行してマーケットに出して、ブランド・クリエイティブが後手に回ってしまう。といったことがあります。
こういった課題が多い中で、ビズリーチでは、デザイン組織として戦略的にソリューションを打ち出しています。
例えば、リソース分配に対しては、全社横断したデザイン組織から経営判断として適切な人員をアサインしています。
他にも、UXリサーチ、UXデザインなど専門技術に特化した人材をアサインし、車輪の再発明防止をしたり、ブランド・コミュニケーションを組織のセントラルに抱え、必要に応じてブランド作りができる仕組みを作ったりしています。
このように、新規事業創出に伴う課題に対し、デザインの観点からアシストできるような戦略をとっています。
田中:こうした戦略を実行するため、全社的な人事組織とは別にデザイン専門の人事組織が存在します。
この組織はデザイナーの採用、育成、環境整備などを専門に行います。デザインが貢献できる領域がひろがり、今までの一般的な人事では対応できなくなっているため、デザインの知見をもった人材と人事の知見を持った人材が協力しています。
組織の大きな特徴として、デザイン本部全体でデザイン人財戦略のPDCAサイクルを回していることと、デザイン人事組織内に専任チームを設置していることが挙げられます。
田中:従来、デザイナーは各事業部に散らばっており、事業部ごとに縦割りでマネジメントが行われていました。それに対し、デザイン本部が横串でデザイナーに評価、振り返り、フィードバックをできる状態を作りました。四半期ごとに各事業長にリサーチを行い、現状とあるべき姿のギャップを明らかにして、人財戦略の見直しを行っています。
仕組みができるまでに1年かかりましたが、このPDCAを回し続け、経営陣、事業長に対してデザイナーがいる意義の説明責任を果たせるようになりました。
田中:決定した人財戦略は領域ごとの専任チームによって実行されます。
デザイン・ブランディングは、採用を目的としたデザイン組織のブランディング、マーケティング、広報を専任で行います。デザイナー・サクセスは、育成や評価、研修制度設計を主に担当しています。最後のプロジェクト・マネジメント・オフィスは、デザイン戦略のあらゆるプロジェクトに入り込み、プロジェクトの実行支援を行う部隊です。
こういった専任チームの手によって、ようやくデザイン戦略が現実味を帯びてきました。今の形になるまで苦労はありましたが、経営層がデザインに投資し、デザインのチカラで会社をスケールできると判断できたことは、1つの結果だと思っています。
講演の最後に、「どのようにして、経営にデザインの価値を理解してもらうか」について、お三方から一言ずつコメントがありました。
福市:右脳と左脳、感覚と論理、双方の役割を理解してもらうことと思います。
人間には右脳と左脳があり、デザインをかっこいいと感じるのは右脳ですが、なぜそれがかっこいいかを分析するのは左脳です。しかし、左脳の分析をもとに作ったものが、必ずしもいいものになるとは限りません。
ですので、右脳を使ってデザインの観点からも判断を下せるよう経営層に働きかけ、出した製品の売上を左脳で理解してもらい、デザインが売り上げにつながることを示します。右脳と左脳、感覚と論理で理解してもらうことを繰り返しながら、デザインの価値を理解してもらっています。
長谷川:経営のトップとの間に、デザインで共通の目的認識を作ることで、デザインの重要性を理解してもらっています。経営層に対して次の製品の方向性を提案する場で、本物に近いプロトタイプ型や体験型の提案を行い、次の開発フェーズで目指すべき目的を認識してもらうのです。これが経営層が持つ共通の目標設定につながり、開発の後押しをします。
こうして経営トップに共通の目的を提示することがデザインの1番大きな役割であり、共通の目的を持つことが結果的に開発を進めることにつながる、と感じてもらいデザインの重要性を理解してもらいます。
田中:デザインが経営における3つの役割を果たすことだと思います。
1つ目は経営上の課題、あるべき姿、プロトタイプなど複雑な課題をビジュアライズし、経営会議の中でも臆せず立ち回ること。
2つ目は会社全体が能動的にデザインを活用できるカルチャーや、仕組みを作ること。そのために経営のデザイン、組織のデザインを行います。
そして、3つ目はデザイナーが事業のどこにアカウンタビリティを持ち、どこでバリューを発揮しているかを、経営に説明責任を果たすことと思っています。
トヨタ自動車株式会社 福市氏、ソニー株式会社 長谷川氏の講演から、デザインを経営資源にするとはどういうことか、経営にどのようにアプローチをとるべきかについて聞くことができました。
売れるデザインと美しいデザインの違いや、錯視を活用した説明。プロダクトデザインだけでなく、コーポレートブランディングや新規事業開発でもデザインを活用できること。2社のこれまでの経験は、経営に限らずデザインの可能性を伝えていくための気付きとなりました。
一緒に登壇しましたトヨタ自動車様、ソニー様は、2018年のデザイン経営宣言が行われる以前から、デザインのチカラで経営に貢献する取り組みを積極的に行っています。今回、歴史ある企業のデザイン責任者と一緒に登壇でき、私たちのデザインに対する取り組みにも自信を持てました。
今回は貴重な機会をありがとうございました。