
企業の進化に変化をもたらす「融ける“デザインのチカラ”」
“Design is too important to be left to designers.” —— デザインはデザイナーだけに任せるには重要すぎる 「口紅から機関車まで」さまざまなデザインを手がけたレイモンド・ […]
近年、書籍やインターネットを通して「デザインイノベーション」「デザイン・シンキング」「デザイン×ビジネス」といった言葉を多く耳にするようになりました。
しかし、今の日本でデザイン・シンキングを実行し、結果を残している企業はどれだけ存在するのでしょうか。言葉の意味を正しく理解し、行動に移せている人や企業は、実は少ないのかもしれません。
デザインの力でイノベーションを起こすのであれば、デザイン基礎知識を積んだ上での、ビジネス力と、デザイナーならではの思考法が必要ではないでしょうか。
今回は『デザイン教育』を通して次世代イノベーションに取り組む、株式会社ビズリーチの田中と株式会社クスールの松村さんにお話を聞きました。
■ 田中 裕一 (Yuichi Tanaka)
株式会社ビズリーチ CPO(チーフプロダクトオフィサー)室に所属。
・全社を横断したデザインリソース調達・管理
・ビズリーチのブランディング設計
・デザイン組織の開発・採用・育成・キャリア開発
・事業のエクスペリエンス・インタラクションデザイン品質向上
上記、4領域を軸にデザインマネジメントを行っている。
また、HR Tech領域の新規事業においてUX/UIデザイナーを兼務。
■ 松村 慎 (Shin Matsumura)
株式会社クスールの代表取締役社長 / 京都精華大学デザイン学部 講師。
Web制作事業とスクール事業を行っており、Web・IT企業の新人研修や子ども向けのプログラミング教室などを行っている。
ーー「デザイン教育」の領域で活動されている松村さんと田中さんですが、何をきっかけにこの領域のお仕事をするようになったのでしょうか。
田中:もともと私は、前職である株式会社ディー・エヌ・エーのEコマース事業のデザイン組織で、グループマネージャとして働いていました。その時のメンバーのマネジメントを通してIT企業のインハウスデザイナーのキャリアについて、課題意識を持つようになりました。
日本のIT企業の歴史は浅く、新しい業界だっただけに、界隈にロールモデルといえるような人が少なく、30歳から先のキャリアが見えづらい状態だったので
私は「事業会社のデザイナーのキャリアのロードマップを示すことが出来るような組織体制をつくれないのだろうか」と考えるようになりました。
クリエイティブ人材の採用や育成、メンタリングやコーチングなどのプロデュース業に携わるタイミングで、デザイナーの新卒研修を任せていただき、「デザイン教育」関連の仕事にも携わるようになりました。
松村:私は10年ほど前に、京都精華大学 デザイン学部の非常勤講師を任せていただいた時からです。最初の頃はFlashの授業を行っていましたが、現在ではHTML/CSS, JavaScriptといったフロントエンド技術表現やアニメーション、Webデザインなどを学生に教えています。
そういった大学での活動を積み重ねてきたおかげか、現在はいろんな企業さんにお声がけいただき、デザインやプログラミングなどの企業研修を任せていただくようになりました。
ーー田中さんはビズリーチに入社直後、デザイナーの新卒研修を行っていたと思いますが、田中さん自身が提案したのでしょうか。
田中:そうですね。私が入社する時期と新卒社員の入社時期が同日だったこともあり「これは素晴らしいタイミングだ」と思いました。
入社前に経営会議に参加させて頂き、デザイン教育企画のグランドデザインと今回の新卒研修を提案し、実行することになりました。
ビズリーチが大切にしていることは二つありまして、一つ目は『価値ある事業』で社会に正しくインパクトを起こし、世の中の選択肢と可能性を広げること。二つ目は『人』が育つ環境を創ること、です。
事業や組織、全てが “人” で出来ていますし、“ビズリーチで働くことで市場でも活躍する人材に育つ環境を作りたい” という思想を持っています。
なので、教育や育成といった取り組みは、企業としても課題意識を持って行動しているんですよね。
新たな新卒研修の取り組みに関しても、『事業や経営にコミットして活躍するデザイナーを育てたい』と、南(ビズリーチ代表取締役社長 南 壮一郎)や、竹内(取締役でインキュベーションカンパニー長 兼 CPO<チーフプロダクトオフィサー>の竹内 真)と入社前から話をしていました。
デザイン業界のキャリアや日本のイノベーションに大きく貢献できる、デザイナー教育という枠組みをビズリーチで作っていけたらな……と。
ーーデザイナーの新卒研修プログラムを設計する際、どのような人が携わったのでしょうか。
田中:今まであった研修の座組みを大きく変えることになったので、必要なアウトラインは私が準備しました。
また、前職時代にもお力添えいただいてとても信頼している、クスールの松村さんたちにもご協力いただきました。私が一度考えたプログラムに対して、松村さんや米倉先生(※1)にご相談したり、ビズリーチの現場で活躍する社内のデザイナーメンバーが主なプロジェクトメンバーとなり、社内外のいろんな人々を巻き込み、いろんな意見を取り入れ、過去の失敗と成功体験を活かしてプログラムを設計していきました。
松村:毎日入れ替わりで、現場のデザイナーさんたちにメンターとして参加していただき、1日中研修に付きあっていただきました。
田中:新卒研修の最終発表会では、先輩デザイナーが20名以上会場に集まったので、迫力がすごかったですね。笑
※1|米倉 明男さん…松村さんと共にデザイン教育・研修に関っている。AOL(America Online)のアートディレクターとしてアプリケーションのUI設計・デザインに従事したのちフリーランスとして活動。 Webの学校クスール、法政大学、和光大学、東京工科大学、デジタルハリウッドでUIデザインとクリエイティブコーディングの講師を務める。 クリエイター集団『Panon Public』のメンバーとしてMakerFairやdotFesに作品を出展している。
ーーなぜ今回クスールさんと一緒に研修の企画運営を行ったのですか。
田中:私たちは現場で何年もデザインの仕事に携わっていますが、教えることに関しては素人なので、その道のプロフェッショナルであり、実績のあるクスールさんに協力いただきました。クスールさんによる新卒社員へのデザインの教育方法を、私たちは横目で見ながら勉強させていただきました。
松村:何度か挑戦させていただいたおかげで、どういったプログラムが良いのか悪いのか、よくわかるようになってきました。人のメンタル的なマネジメントに関してはまだまだですし、難しいですがね。
ーー 一体どのような研修内容だったのか、教えていただいてもいいですか。
松村:ビズリーチのデザイナー職に新卒入社したメンバーのなかには、Webデザインに本格的に取り組んだことがないメンバーが数名いたので、グラフィックの基礎スキルであるフォントの使い方や色彩、タイポグラフィ、レイアウト、制作ツールの使い方、ショートカットキーの使い方、HTML/CSS, JavaScriptといったフロントエンドの基礎技術、Webサイトとモバイルサイトの制作方法、iOSとAndroidの原理原則など……
最終課題では、各自でスケジュール管理しながらWebサイトとサービスを制作いただきました。
田中:この研修を通して、新卒社員一人一人がしっかり成長してくれました。研修前はツールも使えず、何も作れなかったメンバーが、2ヶ月半でアプリのUIを制作できるようになっているんですからね。
ーー今回のデザイナー新卒研修に関して、こだわった点を教えていただけますか?
田中:大きく二つあり、一つ目は、デザイナー新卒研修を始める前のプロセスです。
会社として新卒をどのように育てるのか、新卒メンバーにどのような気持ちで研修を受けてもらうのか、メンタル面やマインドセットを重要視しました。
研修に協力してくれている社内のメンバーには、どういう気持ちで研修に関わってほしいか、参加してほしいかを都度しっかり伝え、
メンバーから集まった忌憚のないフィードバックを、即座に関係者で改善していく。
講師のみなさまはもちろん、受講している新卒メンバー、そして社内のメンバー全員が徹底的に主体者としてデザイン教育、研修に向き合ったことで研修は想像以上にうまくいきましたし、会社全体の研修に対するマインドが上がりました。
「新卒は全員で育てる」という企業のカルチャーが基礎として存在しているのは大きかったです。
そして二つ目は、全体入社研修からデザイナー研修の接続部分に、自分を分析する「デザインワーク」というプログラムを導入したことです。自己分析をして、スケッチブック100ページに分析内容を一週間書き続けてもらい、最後Webデザインで自身の紹介をプレゼン形式で行いました。
自己分析で使用したスケッチブックを元に同期と討論することで、自身を開示して、同期の間で絆が生まれていました。
また、自己分析を行いデザインにし、プレゼンテーションで言語化することで、自身のWill・Can・Mustが少しずつ明確になっていきます。
先輩デザイナーやマネージャは、新卒メンバーが制作した自己紹介のデザインを見て、どういったところに課題を持っているのか把握できた状態で、研修に関わることができます。
社会人1年目のうちからキャリアパスを描きつつ、デザイン教育を企業として体系化して提供していくことが、業界の発展に繋がっていくんじゃないかと考えています。
松村:私が今回満足しているのは、講師と社内と研修運営メンバーとで、念入りにスピーディにコミュニケーションがとれていたことです。課題を見つけたら、すぐにテーブルの上にあげて、その日のうちに解決する。何かあれば、すぐに新卒の子達をフォローしてあげる。そういった動きと体制をとり、座組化できてお互い満足できる形をつくれたことが私の中で一番の成果というか。
そのおかげで、新卒のメンバーが最後までついてきてくれた気がします。
あと、社員の人たちが沢山時間を使ってくださったおかげですね。申し訳ないと思っちゃうほど。笑
田中:新卒の子達は日報をSlackに投稿しているのですが、そこにもメンター達から応援やフィードバックのコメントが毎日、沢山集まっていましたね。
ーーデザイナー教育用にデザインの教科書を作ったと伺いました。一体どのような教科書を作ったのか、なんのために作ったのか、教えてください。
田中:研修の講師を勤めて下さった米倉先生が、様々な企業や学校で長くデザイン教育に携わられている方で、そのナレッジの蓄積を業界のために活かしたいというのが話の発端です。
米倉先生の作る資料やお話を聞いて、こんなに知識がためこまれたものって、デザイン教育のフィールドにもなかなか無いと思ったんです。
我々のようにインターネットサービスを扱う事業会社のデザイナーは、キャリアを形成する中で体系的にデザインの基礎を学ぶ機会が多くない。私自身もキャリアを重ねる中で、スキルの成長に難しさを感じたことがありました。それをしっかり仕組み化したら業界全体がボトムアップできるのではないかと思ったんです。
教科書のなかには色彩やフォントの扱い方など、とても基本的な技術や知識の内容から、実践的な内容までを、約300ページにわたって紹介しています。
教科書と聞くと少し古くさいようなイメージを持たれる方がいるかもしれませんが、不変の基礎知識に加え、米倉先生が日々新しい情報へとアップデートしているので、情報鮮度の高い状態を保っています。
ーーなぜ、デザイン教育がいま必要なのか教えていただけますか?
田中:海外だと、経営でいうMBAと同じような学位がビジネス×デザイン領域にも存在していて、ビジネス経営者もデザインを学ぶことが普通に展開されています。そしてAppleやGoogleといった事業会社がデザイン・シンキングの実績を作ってきました。
でも、日本ではデザインの力でビジネスのステージが変わるという考え方があまり浸透していません。
日本のインターネットサービスにおけるイノベーションギャップは、シリコンバレーの踏襲の結果でもあるんですよね。ビジネス構造やテクノロジーの発展によるイノベーションは進行していますが、デザインによるイノベーションの可能性はまだまだ具体化されていません。
そこに対する課題意識から、例えば東京大学では「i.school」というイノベーションをテーマにした新しい教育プログラムが始まっているのですが、まだ私たちデザイナーの開発現場まで浸透していない状態です。
“デザイン・シンキング”という言葉だけ少し先走っている感触は覚えます。
デザイン・シンキングを通して、UXデザインを通して、すばらしい実績を出したサービスやプロダクトってなんだっけ?と考えても、ぱっとイメージできない。日本ではまだそういう状態だと感じています。
そこを解決していくには、事業会社が事業づくりやサービス、プロダクトを通してイノベーションを起こしていかないといけない。そのなかでデザイン・シンキングが実践される必要があると思います。
今回の新卒研修はデザイン教育プログラムのはじめ、基礎の部分。今後も事業のなかで教育プログラムを展開していこうと考えています。
ーー今後『デザイン教育』関連の活動をどのように展開していきたいのか、教えてください。
田中:先ほども少し触れていたのですが、ビズリーチは人材が育つ環境創りに力を入れているので、教育機関やツールベンダー、デザインファームなどと連携し、社会の課題にサービサーとして近い位置で向き合っている我々のような事業会社から、より素晴らしいデザイナーを輩出する仕組みを創ろうと思っています。新卒デザイナーの社内研修はその第一歩でもあったわけです。
デザイン業界全体のためにも、社内外問わず各方面に対してそのプログラムを提供できるよう、仕組みを創っていく予定です。
また、直近の話ですと、今は新卒研修からスタートしていますが、今後は他の社内メンバーにも展開して、より実践的で現場で活かせるような内容にブラッシュアップして、展開していきます。
そこで学んだことを、メンバーそれぞれが事業とプロダクトに反映させて、我々がまず自社サービスを通してイノベーションを起こす。
アカデミックと現場の距離を縮め、よりビジネスやイノベーションにつながる教育の仕組みを作り、そして我々が事業づくりを通じて世の中に正しく実績を築き上げる。
どちらかが欠ければ正しい変革にならないので、険しい道のりですがチャレンジを続けていきます。
松村:私はもともとプログラマーよりだったこともあり、デザインもプログラミングもどちらもできる柔軟な人を育てたいと思っています。デザインだけやってきた人はプログラミングが苦手とか、プログラミングだけやってきた人はデザイン興味ないとかあるので。
良いものを作るにはどちらの技術も知っていたほうがいいと思うんですよね。そういった人材を育てたいです。
あと、自分の会社のことになるのですが、スクール事業をやりながらもサービスを持ち、サービスと会社が一緒に成長していけるような学校を創れたらと思っています。
こういった活動で大事なのは継続することなんですよね、花火のように打ち上げている人は多くいるのですが、3年以内に止めてしまうところがとても多い。
継続したからこそ見える景色があるので、この活動も諦めずに続けていきたいですね。
ーー松村さん、田中さん、お話ありがとうございました!